サンジョヴァンニ門をくぐってサンジミニャーノの城壁の外に出たときには、午後1時を回っていた。右手のバスターミナルでシエナ行きを待つが、いっこうにバスは姿を見せない。ようやくやって来たバスに乗り込んだのは2時過ぎ。しかもポッジボンシ止まりだという。ポッジボンシで乗り継いだバスも、ダイレクトにシエナに向かってくれなかった。往路で立ち寄った小さな村を経由するらしい。シエナでは3時10分発のフィレンツェ行きラピッドに乗り継ぐつもりでいるのに、こんなスローペースでは間に合いそうにない。
結局、シエナに到着し、ホテルに預けていた荷物を受け取ったのは3時20分。目当てのバスは出発してしまっていた。20分後のフィレンツェ行きに乗り込んだのはいいが、ラピッドではなく普通便だった。フィレンツェには直行せず、またまたポッジボンシと例の小さな村を経由するものだから、いい加減うんざりしてきた。しかも、フィレンツェ市街に入ったとたん、道路は渋滞。イライラがつのる。これではフィレンツェを見ないうちに日が暮れてしまう。
当初、フィレンツェの観光は時間の都合であきらめていた。でも考えてみれば、いや考えるまでもなく、フィレンツェにまったく触れないままトスカーナを後にするのはもったいない。それにフィレンツェには、この旅の終着点としてふさわしい場所が1つある。最後の午後はフィレンツェで過ごし、あの場所で旅にピリオドを打とう。今日になってそう思い直し、こうしてバスに乗っているのだった。翌朝はフィレンツェからESでローマに向かえば、帰国便に間に合うだろう。そんな腹づもりでいたのだが、こんなノロノロ状態では、肝心のフィナーレの場所にタイミングよくたどり着くことができない。
フィレンツェの鉄道駅前でバスを降りたとき、時刻はもう5時半になろうとしていた。日没まで2時間もない。急いで行動しなければ。駅を背に右手の通りを進む。ホテルのサインがたくさん目に入ってきた。少し歩くと、安そうなペンシオーネを見つけた。入ろうとすると、中年の男が建物から出てきた。ぼくの姿を見ると、「宿を探しているのか」とたずねてきた。そうですと正直に答えると、空き部屋ならあるからついてこい、という。宿の主人だったのか、ちょうどいい。彼に案内されて、3階の宿に入った。シャワーとトイレは共同。部屋もそれなり。これで60ユーロは高く思えたが、フィレンツェだからしようがないのか。宿を選んでいる時間もないんだし、主人も陽気で人がよさそうだし。愛想が良すぎるのが気にはなるが……まあいい。ここに泊まってやろう。
荷物をほどくと、すぐにホテルを飛び出した。フィレンツェは三度目。前回の訪問から10年以上たっているが、土地勘はわずかながら残っている。そのカンを頼りに歩き出す。しばらく進むと、サンタ・マリア・ノヴェッラ教会が見えてきた。有名なドゥオモはあの裏側にあるはずだ。
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