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4. バリの寺院と遺跡 

今日は少し遠出して、遺跡と寺院を巡ることにした。午前9時。申し込んでいたツアーのミニバンが迎えに来た。ツアーのメンバーは、僕のほかに、アメリカ人の姉妹2人組と、美人のアメリカ人女性。彼女は日本の政府からお金をもらって、長崎の高校で英語を教えているそうだ。春休みを利用してバリに来たのだと言う。日本の生徒はどうかとたずねると、「う〜ん、まあまあね」などと笑いながら、含みのある答え。あまり印象は良くないようだ。日本の生徒はシャイで消極的だからだろう。
 
ミニバンは、まずゴアガシャに到着した。11世紀頃の遺跡と言われている。石段を下りていくと、奥に不可思議な洞窟があった。入口に、奇妙な表情の動物が彫られている。ヒンズー神話に登場する「カーラ」という動物だそうだ。バリの寺院に行くと、よくこのカーラの奇怪な顔の彫刻を目にする。
 
次に、タンパシリンという小さな集落に到着。ここにはティルタ・エンプルという、泉を祭った寺院がある。さっそく境内に入り、沐浴場や泉を見て回った。

ゴアガシャの洞窟の入口 タンパシリンの泉

続いてペネロカン方面へと向かう。途中から細い山道に入る。しばらく上っていくと、左手遠方に、バトゥール山とバトゥール湖が見えてきた。見晴らしの良い場所で車を降り、しばらくその雄大な景観を楽しんだ。車はさらに山道を進む。何十分か車に揺られたのち、ブサキ寺院に到着した。ブサキ寺院は、聖なるアグン山の中腹に建てられた、バリヒンズー教の総本山だ。まずは入口でお布施を払い、参道の長くて急な坂を上る。参道沿いには、例によっておみやげ屋さんがぎっしりと軒を並べていた。

バトゥール山 ブサキ寺院
長い参道を上りきると、ようやく目の前にブサキ寺院が姿を現わした。境内に向かって歩いていくと、バリ人らしき男が近づいてきた。「私はお寺の番人」などと日本語で話しかけてくる。この手の現地人には警戒が必要だ。「バリ人と一緒でなければこの寺院は見学できない」。男はそう続ける。どうせ後でガイド料を要求する気だろう。そういう輩がいることは旅行前に聞いていた。彼の制止を振り払って寺院へと進んだ。が、境内の階段を少し上ったところで、たむろしていた男たちの「とおせんぼ」にあってしまった。1人ではこれ以上先へは進めない。バリ人と一緒でなければダメだ。集団の中の一人が言う。無視して進もうとすると、「そんなに進みたいのなら境内の外の道を行け」と強引に追い払われてしまった。なんなんだ、こいつらは。頭に来たので、見学せずに引き返してやれと思ったが、ここまで来たからには寺院を近くで見てみたい。見回すと、他の観光客もみなバリ人と一緒のようだ。しょうがないので、1人の男性に案内してもらうことにした。
 
彼の案内で、広大な寺院をあちこち見学する。途中、ある社の境内に入った。「ここでお祈りをしよう」と彼が持ちかけてきた。言うとおりにお祈りすると、今度はお布施をしろと言う。まあ少しだったら、といくらかのお金を目の前に置く。「こんなに少ないのか。日本人はみんな10ドルは出しているのに」と怒ったような口調で叫ぶ男。この言い草にはマジでキレそうになったが、ここは寺院だし、なんとか抑える。「そうは思わないね」と冷ややかに答え、冷静さを保とうとつとめながら境内を後にした。日本人ってそんなにバカにされているのか? その後も彼はあちこち僕を案内し、最後にガイド料を要求してきた。思ったとおりだ。拒否してやろうと思ったが、面倒になるのもイヤなので、とりあえず1万ルピア渡す。すると彼は、「あとは自由に見学してもいいよ」と言い残して、あっけなくどこかに行ってしまった。やっぱり金だけが目当てだったのだ。

解放された僕は、せっかくだからと、奥へとどんどん登ることにした。一番高いところにある社にたどり着いた。ブサキ寺院を眼下に見渡せるが、霧が立ちこめているため、遠くのほうはかすんで見えた。晴れることが少ないと聞いていたが、そのとおりだった。もっとも、たとえ晴れていても、眺めを楽しむ気分にはなれなかっただろうけれど。


時計を見ると、集合時間が迫っていた。まずいと思い、あわてて引き返すことにした。長い参道を急いで下りながら、まだ腹の虫が治まらなかった。本当に彼らは自称するように「お寺の番人」なのか。ただのインチキガイドではないか。
 
彼らは、「ここでは自分たちの宗教に敬意を払うべきだ」と繰り返した。確かに、彼らから見れば、僕たちは汚れた異教徒であり、あくまでも寺院を見学させてもらう立場にある。が、そのように言うのであれば、僕たちが敬意を払うに足る態度を、まず彼ら自身が示すべきだ。どのような宗教でも、正しい信仰を持っている人は謙虚であり、愛に満ちているものだ。彼らの横柄で冷たい態度からは、そんな心はみじんも感じられなかった。感じたのは、自分はバリヒンズーの総本山にいるのだという特権意識と驕り、金をせしめてやろうという見え透いた魂胆だけだ。ブサキ寺院の訪問は前から楽しみにしていたのだが、彼らエセガイドのせいで、寺院自体の印象が色あせ、バリヒンズーそのものの価値まで僕の中では下がってしまった。彼ら以外のバリ人がとても信仰深く優しいだけに、残念でならなかった。 

ブキッジャンブル
クルンクン王宮内の宮殿
次に向かったのは、ブキッジャンブル。棚田と椰子の樹林が広がり、遙か遠くの海まで見渡すことができた。ガイドブックでおなじみの絶景が展開している。僕たち一行は車を降り、思い思いにこの雄大な眺望を楽しんだ。

再び車に乗り込むと、最後の見学地である古都クルンクンに向かった。クルンクンは、オランダの侵略に最後まで抵抗したクルンクン王朝の都であったところ。そのクルンクン王朝も、1908年の戦いで滅亡してしまい、バリ全土はオランダの植民地となってしまう。また、大戦中は日本軍もここを支配した。悲しい過去を持つ町である。ここでは、復元された宮殿や、旧裁判所などを見学した。

ウブドに戻ったのは、4時半だった。1日がかりのツアーだったのでかなりくたびれた。しばらく部屋でゆっくり休むことにした。
 
夜は、和食レストラン「影武者」で揚げ出し豆腐と味噌カツを食べた。ここの日本食は本当においしい。バリ料理もおいしいけど、疲れた胃にはやっぱり日本食がいい。夕食後はまっすぐ宿に戻り、昨夜と同じように南天の星空を眺めた。

今日は遠出したせいでだいぶ疲れた。明日はまたのんびりダラダラ過ごそう。

 
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