HOME > TRAVELS > MOROCCO >  

ラバト駅のプラットフォームに、列車が滑り込んできた。

夜明けの余韻がまだかすかに残る早朝。とはいえ、すでに7時を回っている。東京なら通勤ラッシュのまっただ中。が、モロッコの首都ラバトがそんな混雑とは無縁であることは、駅にたどり着いた瞬間にわかった。窓口はガラガラ、駆け足で出入りする者もなく、カフェでは普段着の男たちがゆっくりと談笑している。プラットフォームに降りてみても、慌ただしさやけたたましさはない。目の前に停車した列車も乗客であふれかえっているようには見えない。適当な二等車に乗り込むと、通路に沿って並んでいるコンパートメントのひとつに、空いているシートを見つけることができた。

乗り込んでまもなく、車掌が検札にやってきた。差し出したチケットからぼくの行き先を知ると、「シディカセムで乗り換えなさい」と教えてくれた。

列車での移動は、この旅では今日が初めて。コンパートメントの雰囲気、周りの人とのコミュニケーション、広い車窓、列車独特の心地よい揺れ。バス旅も楽しいものだが、やはり列車の旅には格別の情緒と楽しみがあり、ワクワクさせられる。

心地よい揺れに身を任せたまま1時間あまり。これまで一度も耳にしなかった車内アナウンスが聞こえてきた。きっとどこか大きな駅への到着が迫っているのだろう。おそらくは、シディカセム駅。しかし、肝心のそのアナウンスがはっきりと聞き取れない。いぶかしげなぼくの表情を見てとったのか、同室の乗客が、次で降りるんだよ、と口々に教えてくれる。ぼくと車掌との会話をちゃんと聞いていたことからくるさりげない気遣いである。バスであれ列車であれ、こうしたシーンではモロッコの人たちはじつに親切である。ひたすら感謝。

彼らのおかげもあって、無事、シディカセムで下車。

そのまま乗り続けていれば、有名な古都メクネスやフェズを通って、アルジェリア国境近くのウジダまで行くことができる。それはそれでとても惹かれるルートではある。が、ぼくは当初の「白い街巡り」プランを貫くことにした。そのためには、この駅でアフリカの玄関口タンジェに向かう列車に乗り換える必要があった。今日の目的地は、そのタンジェの手前にある海辺の白い街、アシラである。

タンジェ行きの列車はまもなくやってきた。ラバトからシディカセムまでは東へと走ってきたが、いま乗り込んだ列車は針路を北にとって一路進むことになる。

車窓には、穏やかな緑の平原が広がっている。ときおり現れては消えていくモスクやジュラバ姿がなければ、ヨーロッパのどこかにあるような風景と変わらない。

昨日に続いて、今日も天気はぱっとしない。青空はのぞいているものの、湧き出てくる雲にいまにも隠れてしまいそうな頼りなさであった。もっとも、モロッコに来てこのかた、午前中から快晴という日はほとんどなかった。この時期に特有の気象傾向かどうかは不明であるが、マラケシュでもエッサウィラでも、朝は雲が多いのに、太陽が上るにつれて青空が広がりだし、最後は鮮やかな夕焼けで幕が閉じるというパターンが多かった。エッサウィラからラバトまで北上しても、そのパターンに変わりはなかった。だから、今日も午後になれば晴れてくれるだろう。そう楽観視してはいたものの、昨日になって初めて晴れの時間帯が短くなり、3時頃からずっと雨となっただけに、北上するにつれてその傾向がますます強くなっていくのでは、と不安も大きくなっていた。

11時過ぎ。何のアナウンスもなく、列車は静かにアシラに到着。今度は周囲の人に確認して下車した。プラットフォームと呼べるものもなく、降り立ったところはただの草地。空を見上げてみる。頭上にあったはずの青空は姿を消し、一面雲で覆われている。北アフリカの海辺の町というよりは、ハイランドの最果ての地に到着したような気分。天気のことがますます気になったが、この荒涼とした雰囲気は、しかしなかなかよかった。

Asilah: 2/15