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雲でうっすら覆われた空には、夜の残滓がまだわずかに漂っていた。
日が昇り、人々が活動を始める直前に横たわる白い静寂。
人の気配のほとんどない大通り。青いとびらが口を閉ざすように並んでいる。
昼間の喧噪とは正反対の静けさが、通りを白く包むもやと一体となって、現実感を希薄にする。
ほんとうにこの街を発とうとしているのだろうか。
しかし、自分はいま確かに、ガランとした通りの真ん中を一歩一歩進んでいる。
とうとうメディナのはずれにたどり着いた。目の前のドゥカラ門をくぐれば、この街ともお別れ。
門を通り抜け、数メートル進んだところで、振り向いた。門の真ん中に浮かび上がるメディナは、すでに遠い彼方の場所のようだ。
「エッサウィラ、いい街だったぜ」
そう口に出すと、再び前を向いてバスターミナルへと歩き出した。そんな小っ恥ずかしいセリフを残したくなるほど、この街が気に入っていた。
いつか、絶対に戻ってくる。
バスターミナルに到着すると、民営バスのチケットを購入。カサブランカ経由ラバト行き。
乗車時間は7時間、いや、8時間以上か。基本的に今日は移動日だ。車窓を眺めて過ごすだけの日。
7時半に出発したバスは、最初はマラケシュへと続く見覚えのある道を走っていたが、アルガンの林をしばらく走ったところで進路を北に変えると、今度は草で覆われた高原地帯に入った。道路はガラガラ。が、バスのスピードはいっこうに上がらなかった。市が立っている村で30分以上も停車したかと思えば、その後も、ほんの数軒しかない集落が現れるたびに停車して、辛抱強く待っていた人と、彼らの荷物を載せていく。買い出しか、あるいは商売か。自家用車なんて夢に過ぎないであろう彼らにとって、数時間ごとに通るこのバスが唯一の移動・運搬手段なのである。イライラがこみあげてくるぼくのほうが間違っている。
そんなスローペースな民営バスも、高原地帯を過ぎ、町の姿がポツリポツリと現れるようになると逆に停車する回数が減っていく。ここいらまで来ればバス以外の交通手段も利用できるからだろう。出発当初は、こんなペースで果たしてラバトに日没までに到着するのだろうか、と不安だったのだが、いまのペースならどうやら大丈夫そうだ。結局、ほぼ予想通りの7時間後、カサブランカのバスターミナルに到着した。
「白い家」を意味するカサブランカ。「白い街巡り」を今回の旅のテーマと定めたのであれば、この街こそ寄るべき地なのだろう。すぐ近くにはアル・ジャディーダという、ポルトガルの面影が残る魅力的な街もある。そう考えると、ここで降りたい気持ちが抑えがたく込み上げてくる。が、結局はこのまま乗り続けることにした。短い日程を考えると、カサブランカはやはり削らざるをえない。このまま終点の首都ラバトへ向かおう。カサブランカは前回の旅で1泊し、一応街の雰囲気を味わっているのに対して、ラバトはまったく初めての場所であり、新鮮な驚きを味わえそうだ。
首都というのは、往々にして目立たないものだ。たとえば、スイスのベルンや、オーストラリアのキャンベラがそうだ。どちらも知名度ではそれぞれジュネーブとシドニーに遠く及ばない。これから訪れるラバトも、そんな地味な首都の仲間に属するのかもしれない。カサブランカやマラケシュ、フェズに比べても可哀想なほど目立たない。平凡な行政都市。最初はそう思っていた。が、ものの本を読んだり、話を聞いたりするうちに、ラバトもじつは長い歴史を持っており、古いメディナやカスバが存在するということがわかった。とりわけ、ウダイアというカスバは色彩豊かで見応えがあるらしい。白と青で彩られた家並みは、前回訪れたシャウエンにも劣らないという。そのカスバを、ひと目見てみよう。それがカサブランカではなくラバトを選ばせた最大の理由だった。
午後4時過ぎ。そのラバトのバスターミナルに到着。まったく長い道のりだった。さっそくタクシーを捕まえて、目星をつけておいた新市街のホテルに向かった。
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Rabat: 2/12  |
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