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「ボンジュール」
「ボンジュール」
あいさつを返したついでに、この若者に道を聞いてみよう。
「それならこっちだよ」
ぼくがサレに行きたいことを理解した若者は、ついてこいというゼスチャーをすると歩き出した。彼の後を追って、雨でぬかるんでいる土の道を下る。ものの数分で川岸に下りることができた。ぼろい渡し船が見えた。
「あの船に乗るんだ」
彼はそう教えてくれた。直後、え? と思った、当の彼もその渡し船に乗り込んだからだ。不信の念が湧いてきた。なにかおかしい。話がうますぎる。ひょっとしたら、彼はニセガイドなのでは、お金が目当てなのでは。そんな疑惑が浮かんできた。でもそれは考えすぎだ。道をたずねたのはぼくのほうだったじゃないか。たまたま彼もサレに向かう途中なのだろう……。
船はあっという間に川を渡り終えた。
「メルシー。ここから先は一人でもOKだよ」。
彼にお礼を言うと、早足でサレの街に向かって歩き出した。慌てて後を追ってくる。ますます怪しい。英語は不得手と見えて、フランス語でなにやら話しかけてくるが、まったく理解できない振りを決め込んで、さらに早足で歩く。それでもまとわりついてくる。やがて辛抱が切れたのか、「20ディラハムくれ」と言ってきた。やっぱり……。
いつの間にか、メディナの門にたどり着いた。お金を渡さない限り、ずっとつきまとう気らしい。どうしようか……。思案していると、彼の携帯に着信があった。いまがチャンスだ。彼が会話に夢中になり始めた隙を見計らって、門をくぐって路地の中へと猛ダッシュで逃げ込んだ。必死だった。入り組んだ路地を何度も何度も曲がる。メディナの複雑さはこんなときに威力を発揮する。
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Rabat: 7/12  |
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