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8世紀末、教祖ムハンマドの子孫であるイドリースという男がメッカで反乱を企てた。しかし反乱は失敗に終わり、イドリースは命からがらモロッコに逃げ延びた。ボリュビリスに定住した彼は、ベルベル部族の支援を得て、この地で自らの政権を打ち立てた。モロッコ初のイスラム王朝、イドリース朝の始まりである。
こうした歴史を見ると、ここボリュビリスは建国の地であり、モロッコ人にとってきわめて大切な聖地であるはずなのだ。けれども、いざ実際に歩いてみると、「聖地」あるいは「建国の地」という雰囲気はまったく感じられなかった。荒れるに任せているこの遺跡は、地元の人々にもまったく顧みられることのない、忘却の彼方の存在として僕の目には映った。すぐそばに位置するムーレイイドリースが巡礼地として大切に扱われているのとは対照的だ。不思議といえば不思議だ。もしかしたら、ローマ遺跡=西欧文明に対する反感、という気持ちも多少あるのかもしれない。
凱旋門から延びる大通りを進んだ。道の左右には、かつての邸宅が並んでいた。その中でひときわ印象的だったのが、この「円柱の館」だ。なぜかここだけ手入れが行き届いている様子で、赤い花まで咲き乱れていた。
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