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   アンダルシア 1.  海を越えて  ―  アルヘシラス
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9時半にシャウエンを発ったバスは、昨日訪れたティトゥアンを経由して、午後1時に港町タンジェに到着した。

複雑な歴史と文化を抱え、それに伴う怪しく猥雑な空気が漂うこの街をうろついてみたい気持ちも強くあったが、いざこうしてジブラルタル海峡を目の前にすると、いますぐアフリカからヨーロッパへの船旅を楽しんでみたくなった。

港に着くと、代理店でフェリーのチケットを求めた。普通と高速の2種類のフェリーが運行していた。高速フェリーの方が料金は高いが短時間で渡れる。少し迷った末、高速フェリーのチケットを購入した。

「ついでに出国申請書を書いてやろう」と代理店のオヤジ。やけに親切だなと思っていたら、書き上げたとたん、チップとして10ユーロも要求してきた。おいおい、いくらなんでもそれは高すぎるだろう。そう交渉したものの、少なからぬお金を渡す羽目に陥ってしまった。腹立たしい気分で店を出た。

手元に残っているディラハムをユーロに両替しようと思ったが、出航まで時間がない。すぐに出国ゲートに向かった。心配していた出国手続きはいたってスムーズ。係員が手伝ってくれたからだ。なんだかイヤな予感が走る。案の定、最後にチップを要求してきた。露骨なマネー連続攻撃。心底イヤケがさした。「アフリカの玄関口、タンジェ。噂どおりタダでは通してくれない街だったぜ」などと平静を装ってつぶやいてみたものの、腹立ちはいっこうに収まらない。心地よい余韻を残してこの国を後にしたかっただけに、今の感情が自分でも残念でならなかった。が、これこそモロッコ。こんな終わり方こそ、モロッコの旅にふさわしいのかもしれない。

フェリーに乗り込んだとたん、目を瞠ってしまった。内装もシートの座り心地も、モロッコで利用したどの乗り物より上等だった。
「ここはもうヨーロッパなのだ……」
最後の最後でイヤな思いをさせられたが、静かな船室で、ゆったりとしたシートに倒れ込んで目を閉じると、それもどこか遠い別世界の物語のように感じられてきた。

計算外だったのは、デッキに出られないことだった。地中海と大西洋を吹き交う爽やかな風を浴びながら、一人デッキの手すりにもたれ、遠ざかりゆくアフリカ大陸にそっと別れを告げる……。せっかくそんな感傷的なシーンを思い描いて楽しみにしていたのだが、冷房の効いたシートに沈み込みんでコーラを飲んでいる間に、フェリーはそそくさと出航してしまっていた。これじゃあまったくドラマにならない。普通のフェリーだったらデッキに出られたのだろうか。悔しい。

たいした旅情にひたる暇もなく、1時間ちょっとの航海を経て、対岸のアルヘシラスにゆっくりと接岸した。
入国はあっけないほど簡単に済んでしまった。パスポートもチェックしない。こんな寛大でいいのか。

入国ゲートを通り抜け、建物の外に出た。
驚くほどの静けさ。しばし茫然自失。
目の前にタクシーが数台客待ちしているが、誰も声をかけてこない。モロッコのターミナルでは考えられない状況だ。

ヨーロッパに来たんだ、良くも悪くも……。
しつこい客引きから解放されたことのうれしさ。誰も声をかけてこないことの寂しさ。相反する気持ちが心の中で交錯していた。

ここから街まではさほど遠くないようだ。無言のタクシーの横を通り抜け、街に向かってとぼとぼ歩いた。

海沿いの大通りの一画に、バス会社を見つけた。グラナダ行きの時刻表を確認してみる。最終は5時半のようだ。時計を見ると、まだ4時半だった。余裕で乗れるぞ、と一瞬思ったのだが、モロッコとスペインの間には時差があることに気がついた。あまりにも短い船旅だったので、時計の針を進めるのをすっかり忘れていたのだ。スペインはサマータイム期間中だから、時差は確か2時間。ということは、スペインはすでに6時半ということになる。バスはすでに出発してしまったのだ。

仕方がないので、翌朝8時発のグラナダ行きのチケットを購入し、今夜の宿をここで探すことにした。海沿いの大通りを行き来してみたが、予算に見合うホテルは見つからない。チケットを購入したバス会社に戻ってみると、隣のビルの上階にオスタルの看板を見つけた。ここなら安そうだし、明朝の出発時に便利そうだ。


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