早朝6時半にホテルを出発。寝ぼけ眼のまま鉄道駅のそばのバスターミナルへと急ぐ。今日の目的地は、ギリシャ植民都市セリヌンテに眠る神殿群だ。
セリヌンテに行くには、まずこのトラーパニからバスか電車でカステルヴェトラーノという町に出る必要がある。早朝発の電車はないので、バスに乗っていくことに。発車時刻は6時50分。このバスを逃してしまうと、次の便はなんと12時50分までないので、乗り遅れは絶対に許されない。カステルヴェトラーノに着いたら、セリヌンテ行きのローカルバスに乗り換える。観光案内所でもらった時刻表によれば、この遺跡行きバスも1日数本しか運行していない。8時半発の便を逃すと、これまた12時半まで便がない。これから乗るバスがその8時半の乗り継ぎ便に間に合うかどうかは微妙なところ。スリリングな移動になりそうだ。
バスターミナルに到着してみると、何台かのバスがひっそりと停車していた。すべてのバスをチェックしてみたけれど、「カステルヴェトラーノ」と行き先が掲示されているバスはどこにも見あたらない。おかしい。もう6時50分になろうとしているのに。突然、ガガガガっと粗雑なエンジン音が響き渡ったかと思うと、眠るように停まっていたバスが二台、勢いよく飛び出していくではないか。嫌な予感がして冷や汗がこぼれ落ちてきた。近くに初老の係員が立っている。急いで歩み寄ってたずねてみた。
「カステルヴェトラーノ?」
おそろしく単純な問いかけだったが、ぼくの聞きたいことを理解したらしい係員は、なにやら熱心にまくし立てたかと思うと、手にしていた携帯で誰かと話し始めた。まったく理解できない。が、その口調から、乗るべきバスを逃してしまったことだけはわかった。やっちまった。後悔と落胆。そんなとき、一台のバスがターミナルに入ってきて、ぼくの目の前で停まった。
「これに乗るんだよ、これに!」
係員は、そのバスに向かって両手を突き出しながら、ぼくに向かって叫んだ。イタリア人らしいオーバーなジェスチャーから、そう言っているとすぐにわかった。いましがた出発したバスが、ぼくを乗せるためにわざわざ戻ってきてくれたのだ。そのために、彼は携帯で運転手と連絡を取ってくれたのだった。彼の親切にいたく恐縮し、「グラッチェ」と何度も礼を言ってバスに乗り込んだ。 |

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車内で切符を買ってシートに座る。乗客はほんの数名。ぼくをのぞけば、みな運転手とは顔なじみといった様子だった。そのバスの運転手が、これまたイタリア人らしい、陽気でおしゃべりで親切な男だった。乗り降りの際のあいさつはもちろん、運転中も、タバコをぷかぷかとふかしながら、乗客と世間話を続けている。もちろん、イタリア人お得意のジェスチャーを織りまぜながら。ときにハンドルから手を離して高く挙げたり、またときには振り返って乗客の目をのぞき込んだり、かと思えば、携帯に向かってまくしたてたりと、なかなかに飽きさせないスリリングな運転を披露してくれる。日本ならありえない振る舞いなのだけど、ここはシチリア。そんな態度も好ましいものに思えてしまう。
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途中、若い男の子がバスに乗り込んできた。運転手は、その子に対してもなにやら話しかけている。話しが終わると、その子はぼくに近づいてきた。
「セリヌンテ行きのバス停まで案内してあげるよ」。
少年は英語でこう告げた。セリヌンテ行きは、今乗っているバスの終点、つまりカステルヴェトラーノの鉄道駅から出る。だが駅まで行かなくてもその手前でセリヌンテ行きのバスは捕まえられるようで、その停留所に連れていってやると言っているらしい。時刻は8時半をとっくに過ぎていたから、たとえ駅まで行ってもセリヌンテ行きには乗れないだろう。あきらめかけていたところに運転手のはからいと少年の申し出。またまた感謝である。
数分後、少年に促されてバスを降りた。そのまま少年の後について別のバス停へ。しかし、8時半に駅を出たであろうセリヌンテ行きのバスは、すでにここも通過してしまったようだ。ぼくがトラーパニで遅れずにバスに乗っていれば間に合ったかもしれない。でも、いまさら悔やんでもしょうがない。そんなことを考えている間に、少年は、近くの店の人に次のバスが来る時刻をたずねてきてくれた。
「次のバスは10時から11時の間に来るらしいから、それまでここで待てばいい。ただし、バスが来たらちゃんと手で合図をしないとだめだよ」
彼はそう教えてくれると、学校があるから、と急いで立ち去った。乗り継ぎはうまく行かなかったけれども、運転手と少年の親切心がそのショックを和らげてくれた。それに、1時間かそこいらか待てば、バスが来るというではないか。少年の言葉に希望が湧いてきた。しかし同時に、一抹の不安も頭をかすめた。時刻表では、次のバスは12時半に駅を出るはずなのに、11時までに来るとはおかしいんじゃないか。地元の人の情報だから信用したいけれども、チュニジアのドゥッガではそれで痛い目にあったし・・・。とにかく、答えは2時間後にわかる。
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