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午後1時にシチリアのカターニャを離れたアリタリア便は、1時間ほどでローマのレオナルド・ダ・ヴィンチ空港に着陸。3週間前、ここからチュニスへと飛び立ったことを思うと、振り出しに戻ったような気分だ。

残り2日間の予定は、まだ決めかねていた。選択肢は2つに絞られてはいた。ひとつは、ローマに滞在するプラン。これなら、移動に時間をかけることなく観光に専念できるし、しあさっての出国もスムーズだ。もうひとつは、聖地アッシジを訪れるプラン。前回訪れたのは10年以上も昔になる。町を包む平和な空気と、丘の上から望むウンブリア平原の穏やかな表情に魅せられてしまった。ぼくにとっては究極の「彼の地」のひとつであり、訪れる絶好の機会でもあった。問題は、宿の確保である。小さい村でありながら観光客が多いうえ、この時期はとくに混雑しているとも聞いていた。また、主要都市ではないことから、列車の便も限られている。到着は確実に夜になることを考えると、かなり不安だ。鉄道ではなく、空港からプルマン(長距離バス)で直行できるのではと思いバスを探してみたのだが、アッシジ近辺に向かうバスは残念ながら見つからなかった。テルミニ駅まで行ってみるしかなさそうだ。

レオナルド・エクスプレスに乗り込み、テルミニ駅に到着。時刻は3時半過ぎ。自動券売機で、アッシジに停まる列車をチェックしてみる。いちばん早い列車でも、アッシジ到着は19時半になってしまう。やっぱりあきらめようかな。かといって、ローマという大都市で旅を終えるのも、なぜか気が進まなかった。やはり、どこか地方都市がいい。ローマから遠くなく、交通の便がよくて、魅力的な町はほかにないものか……。

ひとつの町の名が思い浮かんだ。目の前の画面で、その町を目的地として選択してみる。4時5分発のユーロスターが見つかった。到着は5時半と早い。これなら安心だ。残席はあるが、出発時刻が目前に迫っている。考えているひまはない。クレジット・カードでチケットを購入し、頭上の掲示板で乗り場を確認すると、目的のプラットフォームへと急いだ。まさか、フィレンツェに行くことになるとは、と自分でも驚きながら。

ユーロスターは、定刻きっかりに、音もなくテルミニ駅を滑り出した。乗り心地はなかなかのもの。一安心したところで、翌日以降の計画を考える。思いつきでフィレンツェ行きを決めてはみたものの、2日という残日数は、花の都を見て歩くには中途半端なように思われた。だいぶ昔ではあるが、過去に二度訪れたことがあり、名所は一通り見て回ってもいるので、今回はフィレンツェ観光に時間を割くのはあきらめて、郊外の町を訪れてみようか。そう決めたとき、二つの町の名が頭に浮かんだ。ひとつは、中世の町シエナ。もうひとつは、塔の町サンジミニャーノ。

フィレンツェにはほぼ予定どおりに到着。11年ぶりに降り立ったとは思えないほど、構内は変わりばえしていない。しかし、いざ駅を出てみると、想像以上に雑然としていたので驚いた。ガラの悪そうな男たちもうろついている。前からこんなだったっけ。近くで宿を探そうかと思っていたのだが、そういう気分にはなれなかった。こうなったら、一気にシエナまで行ってしまおうか。駅の隣にあるバスターミナルに行ってみた。シエナ行きの次のバスは6時40分発。到着は8時頃だろう。宿が心配ではある。でも、まさかアッシジほどの混み具合ではないだろう。そんな希望的観測からシエナに行くことに決めると、チケットを買い求めた。

それが本当に甘い見通しであったことは、シエナに到着してすぐに思い知ることとなった。何軒か宿を当たってみたが、どこも満室。バッグを引きずりながら石畳の道を歩き回る羽目に陥った。

9月も末のシエナの夜は、シチリアと違ってえらく肌寒い。高い壁に挟まれた石畳の路地は、心細さをつのらせる。ぼく以外にも、何人かの旅行者が宿を探し回っている。これはマジでピンチかもしれない。宿を訪ねては断られを繰り返しながら旧市街を進んでいるうちに、反対側の門を出てしまった。その先で見つけた町はずれのホテルでも、「部屋はない」と言われたときには、もう心底、途方にくれてしまった。
「ご存知のように、この時期はとても混雑しているので、どうしようもできないのです」
フロントの女性のその言葉が追い打ちをかけた。ちっともご存じじゃなかったんですけど……。
しかし、次のひとことが一条の光明となった。
「大きな四つ星ホテルが市内に一軒あるのですが、あそこなら空き部屋があるかもしれません。電話で確認してみましょうか」
ぜひお願いします。即答すると、彼女はさっそくそのホテルに電話をかけてくれた。空き部屋があることを確認すると、予約まで入れてくれたようだ。助かった。ていねいにお礼を言うと、ホテルをあとにした。




















渡された地図を見ながら旧市街を再び横切る。途中、大騒ぎしながら練り歩く若者の集団と遭遇する。そういえば、今日は土曜日。若者たちが浮かれ騒ぐのも無理はない。しかし、観光シーズンの土曜の夜に予約なしでシエナに来てしまうなんて、やっぱり無謀だったんだろうな。

地図の印と一致すると思われる場所に到着。見覚えがあるぞと思ったら、なんだ、さっきバスを降りた広場じゃないか。降りたときには気がつかなかったが、背後には大きなホテルが建っていたのだった。

チェックインを済ませる。料金は1泊107ユーロ。正直、高すぎるけど、他に選択肢はない。部屋に入り、荷物を置くと、お腹がものすごく減っていることに気がついた。疲れた足に鞭打ってホテルを出ると、カンポ広場に向かう。数時間前に到着したばかりなのに、もう何度この石畳の路地を通ったことか。

途中で路地を折れ、階段を下っていく。目の前にカンポ広場が出現した。マンジャの塔が、真っ暗な夜空のなか、その赤茶色の長身をうっすらと浮かび上がらせている。まるで、なにかの幻影を見ているかのようだ。広場は人の姿もまばらで、すでに眠りに入りかけている。ガラガラのレストランのテーブルに腰を下ろした。ほのかに照らされたマンジャの塔を見上げる。シエナという町は、通りも広場も現実感が希薄で、さっきから夢の中を漂っているかのようだ。シチリアからここまで一気に北上してしまったことも影響しているのだろう。その希薄感と幻想感が、この町の魅力なのかもしれない。そんなことを考えていると、目の前に巨大なカプリチョーザが現れた。さっそくかじりつく。多少固くはあったけれど、これがこの広場の中で唯一現実を感じられるもののような気がした。

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