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白壁に挟まれた狭い道をしばらく歩くと、サンニコラス広場の下にたどりついた。
短いが急な階段を上って広場に入った。アルハンブラ宮殿が、対面の切り立った丘の上に堂々たる姿を見せていた。はるか後方には、シエラ・ネバダの山並みが見渡せた。
広場を囲む石垣の上に腰を下ろした。足を休めながら、しばらくこの風景を楽しむことにした。
「アルハンブラは、外から眺めれば、いくつもの塔や胸壁の雑然たる石の集積物で、構想上の統一性にも、建造物の優雅さにも欠けている。こんな殺風景な城壁の内部に、あふれかえるばかりの優雅と美とが眠っていると、だれが思うだろうか。」
19世紀の作家、アーヴィングがその名著『アルハンブラ物語』(平沼孝之訳、岩波文庫)の中でこう記しているように、全貌をあらわにしたアルハンブラは、軍事的拠点としての威圧感こそ備えているものの、夢の宮殿にふさわしい繊細さや優雅さは持ち合わせていなかった。明日初めてあの宮殿の門をくぐる身としては、大きな期待と同時に、もしかして「ガッカリ名所」だったらどうしようっという不安もこみ上げてきた。
アルハンブラとは、アラビア語で「赤い王城」の意味だという。城壁の煉瓦と丘の土の色からそう名付けられたとされている。実際に眺めてみると、確かに赤みを帯びてはいるが、マラケシュの城壁のように鮮やかな赤というわけではない。「赤い王城」を見るには、太陽が西に傾き、オレンジ色に変わるまで待つ必要がありそうだ。
いったん広場を離れ、写真を撮りながら路地をあちこち歩き回って再び戻ってきたときには、同じようなことをもくろんでいる観光客がぞろぞろと集まってきていた。
その列の向こうで、心なしか憂いを含んだ夕陽を浴びて、アルハンブラがほのかに色付いている。そのオレンジ色は上品で美しいけれど、いかんせん、もう少し「濃さ」が欲しい。マラケシュやワルザザートで見た夕景のモスクのごとく、燃え立つような激しさを見せてはくれないものか。フラメンコのように……。初めてコスタ・デル・ソルを目にしたときもそうだったけれど、そんな物足りなさを感じてしまうのは、まだ心がモロッコのメディナや砂漠を彷徨っているからかもしれない。明日、あのアルハンブラに足を踏み入れることで、この呪縛から解放されるといいのだが。
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