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   5.  迷宮都市  ―  フェス
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8時過ぎにリッサニを発ったCTM夜行バスは、一路フェスを目指して暗闇の中を走り続けている。初めて乗るCTMバス、その乗り心地自体は民営バスに比べてはるかに快適で満足のいくものであったが、いかんせん、道がくねくねしているため横揺れが大きい。このままでは気分が悪くなりそうだ。ここは一気にストーンと眠りに落ちてしまおうか。暗闇の中、膝の上に抱えていたデイパックに手をつっこみゴソゴソやると、酔い止め薬を取り出した。この薬が持つ眠気誘発効果の強さについては、アトラス山脈越えのときに実証済みである。薬を飲んでから数十分後、期待どおりその効果が現れた。横揺れの感覚が次第に薄くなり、いつのまにか意識が遠のいていった。

目を覚ましたときには、メクネスのターミナルに到着していた。時刻は4時ちょっと過ぎ。乗客を降ろすと、バスは再び出発。1時間ほどでフェスに入った。メディナではなく新市街のターミナルに向かっているようだ。これは好都合だった。フェスでは、メディアの安宿ではなく新市街の快適なホテルに泊まろうと思っていたからだ。腹痛を抱えたまま砂漠ツアーに参加したため、疲労がたまっていた。ゆったり休める部屋が欲しかった。

地図をチェックしてからバスターミナルを出ると、新市街の中心部へと歩き出した。
まだ薄暗さを残す空は、雲で覆われていた。暑くはなく、むしろ肌寒い。これまでに訪れたモロッコの町とは、気候が若干違う。

新市街の一画に立つごく普通の中級ホテルにチェックイン。設備は日本のビジネスホテル並みだった。熱いお湯がふんだんに出るのがこんなにうれしいとは。シャワーを浴びてさっぱりした気分になると、広くて快適なベッドに倒れ込んだ。非常に眠い。目を閉じたとたん、意識がブラックアウトした。次に目を覚ましたときには、なんと、午後3時を回っていた。酔い止め薬が強力な持続効果を発揮したらしい。

急いで身支度を整えると、ホテルを出た。
のどがカラカラに渇いていた。まずは何か口に入れなければ。
大通りから少し外れたところにあるカフェのテーブルに着く。サラダ、水、オムレツを頼んだ。
そういえば、きのうのランチもオムレツだった。そのときからほぼ24時間、ほとんど何も食べていなかったことになる。けれども、食欲のほうはさっぱり湧いてこない。下痢がまだ治っていないからだろう。

頭がボーっとしていた。薬のせいか、あるいは疲労のせいか。観光気分にはとてもなれなかった。
こんな乗らない気分のまま、今回の旅のクライマックスであるフェスのメディナと対面したくはなかった。かといって、何もせずこのままホテルに戻るのもばからしい。今いる新市街にも特に見所はなさそうだ。迷った末、下見程度でいいから、メディナを歩いてみることにした。

カフェを出ると、プチタクシー乗り場に行き、タクシーに乗り込んだ。
「ブー・ジュルード」。メディナの入口となる有名な門の名前を告げると、運転手はうなずいて車を発進させた。心許ない発音だったが、なんとか通じたらしい。
他の街でもそうだったが、とりわけフェスのタクシーのドライバーには英語が通じず、片言のフランス語で意思の疎通を図らなければならなくて、この先かなり苦労することになった。

町を取り囲む高い壁が見え始めると、次第に道幅が狭くなり、人通りも激しくなってきた。やがて、ある門の前でタクシーは止まった。ここがブージュルード門だという。



タクシーを降りた僕は、ディープブルーの模様が施されている門を見上げた。
これがフェスブルーってヤツか。
雑誌の「世界遺産」の表紙で見慣れていた門だったが、実際に目の前にそびえるジュルード門は、逆光という条件もあってか、きわめて地味にこの目に映った。おまけに、すぐそばでは、ガガガガと舗装工事をやっている。情緒ってものが少し足りないんじゃないか・・・。

門の向こう側をのぞいた。道に沿ってカフェが立ち並び、正面奥に角張ったミナレットが2本見えた。
この門をくぐれば、もうそこは世界一の迷宮都市、喧噪と静寂が支配する一千年のメディナだ。そしてまた、インチキガイドが跋扈する魔境都市でもある。門の向こうでは、そんなニセガイドたちが手ぐすね引いて観光客を待ち構えているに違いない。まずは、そいつらの包囲網を突破しなければ。覚悟を決めて、門に向かって歩き出した。